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東京地方裁判所 昭和34年(モ)6139号 判決

申立人 太田実

右訴訟代理人弁護士 三野昌治

同 中村光三

相手方 糸井平蔵

右訴訟代理人弁護士 浅井留吉

佐々木秀雄

中村源造

主文

1、申立人の申立は棄却する。

2、申立費用は、申立人の負担とする。

事実

(申立人の主張等)

申立人は、「相手方を債権者とし、申立人を債務者とする東京地方裁判所昭和三十二年(ヨ)第三六九二号仮処分申請事件について、同裁判所が同年七月一日した仮処分決定中、別紙物件目録記載の家屋に対する申立人の占有を解き、執行吏にその保管を命じた部分を取消す」旨の裁判を求め、その理由として、

別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という。)は申立人所有であるが、相手方は、本件家屋敷地に対する相手方の所有権を被保全権利、申立人を債務者として東京地方裁判所に仮処分を申請し(昭和三十二年(ヨ)第三六九二号)、同裁判所が右申請を認容して昭和三十二年七月一日した仮処分決定には、「本件家屋に対する申立人の占有を解いて、相手方の委任する執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として申立人に使用を許さなければならない旨を命じた部分(以下本件仮処分という。)がある。そして同年七月五日、本件家屋に対して右仮処分決定が執行された後、申立人が本件家屋修繕のため大工を入れたのを執行吏は、申立人に現状変更行為があつたものとして、申立人の本件家屋使用を禁止した。爾来本件家屋は空家のまま放置されていたので、土台は腐り雨は漏り、倒壊の危険を生ずるに至り、このまま放置するときは、申立人の本件家屋所有権は、目的物の朽廃により消滅するという異常な損害を生ずる虞がある。そこで申立人は、執行吏の処分の当、不当を問題にするのではなく、この様な申立人の蒙るべき異常損害を理由として、本件仮処分の取消を求めるのである。

次に、相手方の土地所有権に基く土地明渡の執行を保全するには、本件家屋の処分禁止と占有名義変更禁止との仮処分を命ずるだけで本来充分なのであるから、本件仮処分はこれを取り消しても債権者には損害は発生しないし、かりに、本件仮処分取消の結果、明渡の執行が多少困難となることがあるとしても、相手方の権利は結局金銭的補償により終局的満足を得られる性質のものであるから保証を立てることを条件として本件仮処分の取消を求める。

と述べ、疏明として、甲第一号証の一から五、第二号証の一から四、および第三号証を提出した。

(相手方の主張)

相手方は、申立人の申立を却下するとの判決を求め、

本件家屋に対し本件仮処分決定が執行され、その後、執行吏の処分により申立人の本件家屋使用が禁止されたことは認めるが、本件家屋の破損状態は朽廃という程度には至つていないし、申立人主張の理由は、いずれも、特別の事情に該当しない。すなわち、本件仮処分自体においては、申立人は、本件家屋の使用を許されていたのであり、現状を変更しない限度において保存行為も認められるものであつたのに、申立人が仮処分命令に違反して第三者にその占有を移転し、内部の改造を始めたために、執行吏によつてその使用を禁止されるに至つたものであり、また、現在においても、保管者たる執行吏の許可を得て、保存行為としての修理は可能であり、若しこれを拒否する執行吏の処分に対して不服があるならば、執行方法に対する異議の方法によるべきものである。また、本件仮処分における相手方の被保全権利は、金銭補償によつて終局的満足を達し得るものではない。

と述べ、甲第一、第二号証がいずれも本件家屋の現場写真であることを認め、第三号証は知らないと述べた。

理由

申立人が取消を求める仮処分決定が、相手方の土地所有権を被保全権利とし、「その土地上の申立人所有の本件家屋に対する申立人の占有を解いて執行吏にその保管を命ずる、執行吏は現状を変更しないことを条件として、申立人にその使用を許さなければならない。」旨を命じたものであり、右仮処分決定執行の後、執行吏は、申立人に現状変更行為があるものとして、申立人の本件家屋使用を禁止したものであることは、当事者間に争がなく、本件家屋の現場写真であることに争いのない甲第一、二号証によれば、本件家屋は、破損が甚しく、保存のために修理をしないで放置するときは、倒壊の虞があることが認められる。

申立人は、右の事実を以て、直ちに、申立人の所有権の対象が滅失するという異常損害の発生する虞があるというのであるけれども、申立人の使用が許されていると否とにかかわらず執行吏は、本件建物の保管人として、その倒壊等を防止するため適当な保存行為をなす責務があるのであるから、申立人はその費用を提供して、執行吏に保存行為をうながせばよいのであつて、いま直ちに仮処分決定を取消す事由たる異常損害の虞があるとはいえない。その他異常損害の発生を認めるに足る主張、疏明はないから、この点に関する申立人の主張は理由がない。

次に、本件仮処分は、これを取り消しても相手方に損害を生じないが、又は生じても、金銭的補償を以て終局的満足を得られるものであるという申立人の主張について判断すると、一般に土地所有権に基いて、家屋収去土地明渡の執行を保全するために、その地上の家屋について、これを執行吏の保管とする仮処分をすることは、家屋の占有移転を禁止して本案訴訟およびその確定判決に基く執行手続における当事者を恒定するために実効性のある方法として、(占有について、本権の様な登記制度がない現行法の下では)殆ど唯一のものとして認めざるを得ないところであるから、本件においても、本件仮処分を取り消すと、相手方は本訴被告、および執行債務者を恒定できないことにより、甚大な損害を蒙ることは明白である。そして、この場合における相手方の損害は、結局土地所有権若くはその侵害による損害の価額相当の金銭で補償できるから、特別事情があると云えるかというと、必ずしも一概にそうであるとは断定できない。現行法は財産権について、結局は損害賠償債権に転化する立前をとつているのであるから、終局的には金銭補償が可能であるということだけで特別事情を認めることは、係争物に対する仮処分制度を無意味ならしめるものであるといわなければならない。従つて本件においては相手方の土地所有権が、例えば賃料収納又は転売による交換価値の把握に尽きるもので金銭的価値のみを終局的目的としており、相手方がこれを自らの住居に宛てる等の主観的な価値は考慮する必要がない等の事由がない限り、相手方の権利は、金銭補償を以て終局的満足を得るものとはいえない。しかるに、その様な特別事情の存在について具体的な主張も疏明もないものであるから、結局この点に関する申立人の主張は認容することができない。

そこで申立人の申立は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣勲)

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